世の中のいろんな問題は、自然発生的なものもあれば、人為的に出来てしまったものもある。
前者は自然災害に代表される。人間が叡智を集めて努力して解決していくことが必要なものだ。地域的なものは地方自治体で、日本全国どこでも発生するものは国で、それぞれ対応を進めていったりもする。そのために必要であれば予算が講じられ、実際の対応が進められる。
後者は、世の中に合わなくなってきた法律などが該当する。
法律というものはもともと自然界には無いもので、人間が人間同士で話し合って決めたものだ。
なので絶対的に守らなければならないというものでもなく、例外はあるし、あまりに合わないなら変更して構わない。変更の手続きだって定められている。ただし国民の理解と同意が(多くは議会を通して間接的に)必要だ。
さて、2025年11月現在、悪法と言われることが多くなってきたのが、ガソリンの暫定税率や所得税の控除額、そして消費税だ。これらの税制も、作られた当時には納得する理由があったのだろう。しかし現在では庶民が苦しむ悪法として、日本の経済成長を妨げる悪い仕組みとして、やり玉に挙げられている。
税金を過剰に取られる感じは誰でもいやなものである。だからといって国税庁の職員を憎んではいけない。職員は規定通りに仕事をしているだけだからだ。大元の制度を正していけば解決するのだ。
税金だけでなく、世の中いろいろな現場で人と人がぶつかることがあるが、それは当人が悪意を持ってやっていることでなければ、大体は制度の矛盾や制度疲労によるものだ。法律や決まりに従って動かざるを得ない職員を憎んではいけない。
とはいえ制度は法律や条例だったりして、なかなかすぐには変わらない。また変更の必要性をわかっている人が増えないと改正には至らないものである。なので、そういうおかしなことを感じたら、疑問を呈し、疑問に同意してくれる人を増やし、共に声を上げていかないと変わらないのだ。
こういうときに最初に声を上げる人は、世の中から変な目で見られたりする。時には「お上が決めたことに逆らうなんて、頭がおかしいんじゃないのか」「うさんくさい活動家に煽られているんじゃないのか」
私も昔はそう見ていたこともあったが、その中にも「単に世の中を壊したいような活動家」と「本当に日本を守りたい思いを持った人」がいることはわかってきた。前者寄りの人は迷惑を顧みない傾向が強いが、主張も激しいので目立つ。後者は主張が穏やかになる分だけ目立ちにくいのだが、納得感が高い説明を丁寧に行ってくれる。
そんな見極めを行いつつ、やはり生活に直結するような「世のおかしいこと」には声を上げていってもらいたい。先頭に立たなくてもいい、既に声を上げている人を支えていくというやり方もある。
皆の声と思いが、やがて社会をきちんと変えていくことができる。
(画像出典 Wikimedia Commons)
